本記事で分かること
|
ヌビについて聞かれると、少し困る。
説明はできる。でも言葉より、実際に触れてもらった方が早い。それくらい、手触りがすべてを語ってくれる素材だと思っている。
「雲の上に手を乗せたみたい」と表現した人がいた。「赤ちゃんの頬みたいな柔らかさ」という人もいた。なんとなく、どちらもわかる気がする。
そもそも、ヌビとは何か
「ヌビ(누비)」は韓国語で「縫い」を意味する言葉だ。
ヌビは三層構造になり表布、裏布の布の間に綿を挟んで、細かく縫い合わせる。構造だけ聞くとシンプルだが、できあがったものを触ると「あ、これは別物だ」という感触がある。防寒を目的とした韓国の伝統的な布として知られている。
見た目の特徴は、等間隔に走る縫い目のラインだ。平行に並んだ直線が、布の表面に規則正しいパターンを描いている。一見キルトに似ているが、触れてみると全然違う。キルトより柔らかく、手が少し沈み込むような感覚がある。
その違いはどこから来るのかというと、中に挟む素材にある。ヌビに入っているのは天然の綿だ。空気をよく含む綿が層になって、あの独特の柔らかさを作り出している。持ち上げると意外なほど軽いのに、手に当てるとじんわりした温もりがある。「軽いのに暖かい」というのが、ヌビの不思議な部分。
縫い目の間隔によって3種類に分けられる。
・縫い間隔5mm前後の「細ヌビ(セヌビ)」
・1〜4cmの「中ヌビ(チュンヌビ)」
・4cm以上の「トゥムンヌビ」
縫い目が細かいほど密度が高まり、独特の滑らかさが生まれるが加工難易度も高く、加工可能な工場も限られている。

韓国の冬が、ヌビを生んだ
ヌビが生まれた理由は、厳しい寒さの朝鮮半島の気候にある。
ソウルの1月の平均気温はマイナス6度を下回るほどで、大陸性気候が生む冬の寒さは、今の暖房技術のない時代にはかなり厳しいものだったはずだ。その寒さへの答えとして、ヌビは作られた。
2枚の布の間に綿を挟んで縫い合わせることで、中に空気の層ができる。その空気が体の熱を逃がさない。朝鮮時代(1392〜1897年)には、冬場に保温性の高いヌビを下着として重ね着して寒さをしのぐのが一般的だったとされている。
防寒の道具として生まれた布が、時間をかけて服に、寝具に、バッグにと形を変えながら、今に続いている。
ちなみに、同じ時代の話をもうひとつ。布を重ねて縫い合わせるこの技術は、衣服だけに使われていたわけではない。ニューヨークのメトロポリタン美術館には、朝鮮時代の布製の鎧が所蔵されている。綿の厚布を30層重ねてヘンプ糸で縫い合わせた構造で、衝撃を吸収する防護具として使われていたものだ(Metropolitan Museum of Art)。ヌビとまったく同じ原理だ。

今も残っているのには、理由がある
ヌビが長い時間を生き残っているのは、使い続けられてきたからだと思う。
その実感として、こんな習慣がある。韓国では、子供が生まれて100日を迎えると、ヌビで作った衣服を着せる習慣がある。
生まれたての命に、一番柔らかい布を選ぶ。それだけのことだが、この習慣が今も続いているという事実が、ヌビへの信頼の長さを物語っている。
柔らかさには、理由がある
少し細かい話になるが、ヌビの柔らかさには構造的な理由がある。
表布と裏布の間に綿を挟み、一定の間隔で縫い合わせていく。縫い目が細かいほど綿が均一に固定され、素材全体が均質な柔らかさになる。逆に粗いと、綿が一部に寄ってしまって、触ったときに感触が均一じゃなくなる。
つまり、縫い目の間隔をどれくらいにするかが、品質を決める。
ここで難しいのは、布によって伸縮率が違って、気温や湿度でも状態が変わるということだ。「この布には、今日の環境ではこの間隔が正しい」という判断は、数値だけではできない。
私たちの工場に、30年以上この工程を担ってきた職人がいる。彼らが布を触って確認するのは数秒だが、彼らの手が「大丈夫」と判断しなければ次の工程には進まない。機械で縫う速さより、その判断の方が大事だと思っている。
38年間、自社工場での加工にこだわってきたのはそういった理由もある。

使うほど、柔らかくなる
ヌビを使っていくと、面白いことに気づく。
時間が経つほど、柔らかくなるのだ。洗うたびに繊維が少しずつほぐれ、空気をより多く含むようになる。新品のときより、1年使ったものの方が柔らかい。5年使ったものの方が、なんとなく体に馴染む感覚がある。
これは私たちが38年間作り続けてきた布団でも、実際に起きていることだ。「買ったばかりの頃より、今の方が気持ちいい」と話してくださるお客様が少なくない。素材が変わらない限り、バッグでも同じことが起きるはずだと思っている。
「育てる」という感覚は、ヌビという素材に合っている。使い込むことが、むしろ正解になる布だ。
今日もここで作っている
2026年の今も、私たちの工場では毎日ヌビが生まれている。
Kiim' studioが拠点を置く大邱(テグ)は、韓国の繊維産業の中心地のひとつだ。かつては布団工場が街のいたるところにあり、1988年、私たちもその中の一つとして生まれた。以来、この街でヌビ加工を続けてきた。
1988年の創業から、作り方の根本は変わっていない。素材を選び、機械を動かし、縫い目を確認し、また次の布に向かう。その繰り返しだ。
韓国の厳しい冬への答えとして生まれ、産着として使われ、今は日本でバッグや寝具として届けられている。形は変わっても、「丁寧に縫い合わせることが柔らかさを生む」という本質は変わっていない。それがヌビという素材だと、私たちは思っている。